東京地方裁判所 平成9年(ワ)26216号 判決 1998年12月21日
甲事件原告・乙事件被告
A株式会社
右代表者代表取締役
丙野太郎
右訴訟代理人弁護士
井出弘光
甲事件被告・乙事件原告
B管理組合
右代表者理事長
丁山一郎
右訴訟代理人弁護士
望月浩一郎
同
佐久間大輔
主文
一 甲事件原告・乙事件原告が、別紙物件目録記載三の建物の所有権を有することを確認する。
二 甲事件原告・乙事件被告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 甲事件原告・乙事件被告は、甲事件被告・乙事件原告に対し、金八五万円及びこれに対する平成一〇年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 甲事件被告・乙事件原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。
六 この判決の第三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
(甲事件)
一 主文第一項記載のとおり。
二 甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)は、甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)に対し、金一六八万円を支払え。
三 原告が、別紙物件目録記載二の建物部分(以下「本件建物部分」という。)の区分所有権を有することを確認する。
四 原告が、別紙物件目録記載四の土地(以下「本件駐車場用地」という。)について堅固建物の所有を目的とする賃借権を有することを確認する。
(乙事件)
原告は、被告に対し、二三四五万一五〇〇円及びこれに対する平成一〇年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件甲事件は、別紙物件目録記載一の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、これを分譲した株式会社である原告が、右建物の区分所有者らにより設立された管理組合である被告に対し、(一)本件建物部分は原告の専有部分であるとして、原告が右建物部分の所有権を有することの確認を、(二)本件建物部分並びに分電盤室及び倉庫(以下「分電盤室等」という。)について被告との間で締結した賃貸借契約に基づき、未払賃料の支払を、(三)原告が別紙物件目録記載三の建物(以下「本件駐車場施設」という。)の所有権を有することの確認を、(四)原告が本件駐車場用地について、堅固建物の所有を目的とする賃借権を有することの確認をそれぞれ求めた事案である。
本件乙事件は、被告が原告に対し、(一)本件建物部分及び分電盤室等は、法定共用部分であり、原告との間で締結した右建物部分等についての賃貸借契約は錯誤により無効であるとして、不当利得返還請求権に基づき、支払済みの賃料の返還を、(二)本件駐車場用地について原告と本件建物の区分所有者との間には専用使用権設定契約は成立していないなどして、不当利得返還請求権に基づき、右区分所有者が原告に支払った賃料の返還をそれぞれ求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、本件建物を建築し、これを分譲した株式会社である。
被告は、建物の区分所有等に関する法律三条所定の団体として平成八年六月一六日に本件建物の区分所有者らにより設立された管理組合である。
本件建物は、昭和四三年五月一五日に竣工した。
2 原告は、被告に対し、平成八年一一月二八日本件建物部分及び分電盤室等を、期間を同日から平成九年六月三〇日、賃料を月額一二万円と定めて貸し渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。
3 本件建物部分は、別紙図面表示のとおり管理事務室(以下「本件管理事務室」という。)及び管理人室(以下「本件管理人室」という。)から構成されている。
右管理事務室に隣接する分電盤室等は、法定共用部分である。
4 被告は、原告に対し、本件建物部分について平成八年一一月二八日から平成九年六月三〇日まで賃料合計八五万円を支払ったが、平成九年七月一日以降の賃料を支払わない。
二 争点及び当事者の主張
1 本件建物部分は、原告の専有部分か、それとも共用部分か。
(原告の主張)
(一) 本件建物部分は、次のとおり構造上の独立性も利用上の独立性も認められることからすれば、原告の専有部分であるというべきである。
(二) 構造上の独立性
本件建物部分は、四方を壁で区切られていることからすれば、構造上の独立性は認められる。
(三) 利用上の独立性
(1) 本件建物部分のうち、まず本件管理人室が利用上の独立性を有することは明らかである。その理由は以下のとおりである。
本件管理人室は、六畳の和室二間、浴室、便所、厨房、洗面室、出入口からなり、テラス及び専用の庭が付いているなど居住性豊かな構造を有しており、単に管理業務を遂行するためのもの以上の設備及び機能を有している。なお、右管理人室から、本件管理事務室を通ることなく、外部に出入りをすることができる構造になっている。
現に、原告は本件管理人室を通常の住居として、昭和五五年ころから平成三年一〇月ころまでの間、第三者に対して賃貸していたこともあるのであり、右管理人室を管理人の住居のためだけに使用してきた訳ではない。
原告は、本件建物部分に対する敷地の共有持分権を他に譲渡することなく、留保している。
本件建物は、延床面積が4708.95平方メートル、地上五階建て、戸数六八戸(ただし、定住者はうち四一戸)であり、係る規模に照らせば、本件管理人室に管理人を居住させるまでの必要性はない。また、本件建物に管理人を常駐させる必要があるとしても、本件管理事務室を使用すれば十分である。本件管理事務室は、管理人の業務を行うに当たって十分な面積があり、管理関係の書類を保存することについても支障はない。
なるほど、本件建物の分譲時のパンフレットの配置図・平面図には、本件建物部分が空欄とされ、また分譲価格表には右建物部分が分譲対象外として除外されている。しかしながら、原告が分譲時に購入者と締結したB管理規約(以下「本件管理規約」という。)によれば、本件建物の管理は原告又は原告の指定する第三者が行うことになっており、当分の間は原告又は原告の関係者以外の者が本件建物部分を購入したり、借り受けたりしてこれを使用することが予定されていなかったことから、右パンフレットにおいて空欄のままとされ、かつ、右分譲価格表においても分譲対象外として除外されたのである。のみならず、右パンフレットの建物概要の共用部分設備、売買契約証書及び本件管理規約の共用部分及び共用施設の欄には、本件建物部分が記載されていない。原告は、区分所有者に対し、売買契約証書と共に、本件管理規約の写しを交付し、かつ、右管理規約の原本に区分所有者各人の署名押印を徴している。
固定資産家屋証明書においても、本件建物の竣工当初から本件建物部分の所有者が原告と記載されている。
なお、被告が設立される前までは、本件建物の区分所有者は共用部分等の維持管理を原告に委託し、その反面区分所有者は原告に対し、毎月管理費等を支払ってきた。右管理費の額は、原告と各区分所有者との合意により定められてきたが、その計算過程において本件駐車場用地の賃借人である原告が管理者である原告に支払うべき専用使用料と本件建物部分の区分所有者である原告が管理者である原告から受け取るべき使用料とを計算上同額として、相殺処理をしていた(以下「本件相殺処理」という。)。本件相殺処理については、区分所有者の代表である懇話会に対して説明しているし、区分所有者に配布した収支決算書においても明らかにしている。
(2) 次に、本件建物部分のうち、本件管理事務室も本件管理人室に付属する原告の専有部分である。
(被告の主張)
(一) 本件建物部分が構造上の独立性を有することについては争わない。
(二) 利用上の独立性
本件建物部分には、利用上の独立性はなく、同部分は法定共用部分であるというべきである。その理由は以下のとおりである。
(1) 管理人常駐の必要性
本件建物の規模に照らせば(なお、本件建物の延床面積は、6134.78平方メートルである。)、区分所有者の生活を円滑にし、その環境の維持保全を図るためには、管理人を常駐させる必要性がある。
なお、定住者の多寡は、後発的事情であり、管理人常駐の必要性の判断事情とすべきではない。
(2) 本件管理事務室の性質
本件建物部分のうち、本件管理事務室は管理人が常駐して、本件建物を管理するために必要不可欠な施設であり、かつ、火災報知器等の区分所有者が本件建物に居住するために必要不可欠な設備が設置されている。
したがって、右管理事務室は、その性質上当然に区分所有者の共有に属する。
(3) 本件管理人室の住居性等
本件建物部分のうち、管理人を常駐させるためには、本件管理人室を利用する必要があるところ(管理事務室には、便所等の施設がない。)、右管理人室は本件建物の一階に位置し、玄関、ロビー及び本件管理事務室に面しており、管理人のプライバシーは十分に確保できない構造になっている。また、本件建物の竣工当時は、本件管理人室から直接外部に通じる扉はなく、本件管理事務室に通じる扉が一か所あるだけであり、管理人が右管理人室からロビーや廊下に出るためには右管理事務室を通らなければならなかった(なお、平成八年一二月に本件建物部分を改装した後は、右管理事務室を経由することなく、ロビー等へ出入りすることが可能となった。)。また、右出入口には、鍵穴式の鍵は取り付けられておらず、代々の管理人が個人で取付可能な簡易な鍵を取り付けていただけである。
加えて、本件管理事務室には前記のとおり火災報知器が設置されていること、また、本件建物竣工時には電話交換機も設置されていたこと、本件建物部分の電気配線は本件管理事務室及び本件管理人室を一つの安全器で一系統として配線されていることなどからすれば、本件建物竣工時から右管理事務室と右管理人室は一体的な利用が予定されていたものというべきである。
結局、本件管理人室は通常の住居として使用できないだけでなく、一般の取引対象とすることも困難である。
(4) 本件建物のパンフレット等
本件建物の分譲時のパンフレットの配置図、平面図には、本件建物部分は空欄とされており、分譲価格表には管理室と記載され、分譲対象とされていないなど当初から一般の取引対象にはされていない。また、本件管理規約や本件建物の区分所有建物の売買契約証書には、原告が本件建物部分の所有権を留保していることについての記載がない。
右売買契約証書では、機械、電気設備が共用部分とされており、また、本件管理規約では、機械室、配電盤室が共用部分と、電話配線設備、同交換機、火災報知器及び同報知施設が共用施設とそれぞれされているが、右管理規約及び売買契約証書の共用部分等の欄は例示列挙であり、本件建物部分の直接の記載がないからといって、同建物部分が共用部分ではないことを意味しているのではないことは明らかである。
(5) 従前の利用状況
被告が結成される前は、原告が本件建物を管理するため、本件建物部分を使用していたが、原告は区分所有者から管理費を徴収する際、区分所有者に対し、右建物部分を所有していることを主張して、右建物部分の使用に伴う対価を要求することをしなかった。
なお、原告は区分所有者や懇話会(区分所有者の代表ではない。)に対し、原告主張に係る本件相殺処理について説明をしたことは一切ない上、本件建物部分を原告が所有すると仮定して、原告が支払うべき管理費と庭部分の専用使用料を無視しており、右主張はそれ自体失当である。
(6) 公租公課の負担
原告は、本件建物の区分所有者から徴収した管理費の中から本件建物部分の固定資産税及び都市計画税を支払っていた。
(7) 原告は、本件建物部分に対する敷地の共有持分権を他に譲渡することなく、留保していると主張するが、本件建物竣工時においては、専有部分と敷地利用権との分離処分が認められていたため、原告は本件建物全体の保存登記をすることなく、専有部分を順次売却して登記をしたことから、「専有部分について登記無し、敷地共有部分について登記有り」という事態を生じたものである。したがって、原告が敷地の共有持分権を有していることをもって、本件建物部分に対する敷地利用権をも有しているとはいえない。
2 本件建物部分が法定共用部分であるとして、被告が本件賃貸借契約を締結したことについて錯誤はあるか。
また、原告は本件賃貸借契約の締結に当たって、被告を欺罔した事実があるか。
被告が原告に対し、本件建物部分の賃料として支払った八五万円は不当利得であるか。
(被告の主張)
原告は、被告が結成されたことから、被告に対し、本件建物部分が自己所有であることを主張して、本件賃貸借契約を締結するように要求してきた。被告は、原告が本件建物部分を所有していると信じて、原告との間で本件賃貸借契約を締結した。
しかしながら、前記のとおり原告は本件建物竣工時から本件建物部分を所有していなかったものである。被告は、右の点について誤信しなければ、本件賃貸借契約を締結しなかったであろうし、社会通念上も同様である。
したがって、本件賃貸借契約は、錯誤により無効である。
また、原告は被告に対し、本件建物部分が法定共用部分であることを知りながら、原告所有であると偽ったことから、被告は右建物部分が原告所有であると誤信し、本件賃貸借契約を締結するに至ったものである。
被告は、原告に対し、平成一〇年五月一一日の本件口頭弁論期日において、本件賃貸借契約を詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をした。
右のとおり本件賃貸借契約は無効ないし取り消されたことから、被告が原告に対し、平成八年一一月二八日から平成九年六月三〇日までの間本件建物部分の賃料として支払った合計八五万円は不当利得であり、被告は原告に対し、右金員の返還を請求することができる。
(原告の主張)
右主張は争う。
仮に、被告に錯誤があるとしても、重大な過失があるから、被告は原告に対し、本件賃貸借契約の無効を主張することはできない。
3 原告と本件建物の全区分所有者との間で、本件駐車場用地について専用使用権設定契約が締結された事実があるか。
(原告の主張)
本件管理規約によれば、原告と本件建物の全区分所有者との間で、本件駐車場用地について専用使用権設定契約が締結されたことは明らかである(以下「本件専用使用権設定契約」という。)。
本件建物の区分所有者全員の合意に基づく専用使用権の設定は、一部の土地について借地権等土地使用権の負担のある所有権を取得したのと同様であり、全く問題はない。
(被告の主張)
本件専用使用権設定契約は成立していない。その理由は以下のとおりである。
(一) 本件管理規約に基づく専用使用権の性質及び効力は不明であり、本件建物が竣工した当時、原告から駐車場を借り受けた区分所有者は、本件建物の敷地の共有持分権をも買い受けたにもかかわらず、さらに原告から駐車場を借り受けて、原告に対して賃料を支払わなければならない根拠等の契約の基本的部分について明確な理解と認識を有していなかったのである。
なお、本件建物の竣工当時の購入者は、売買契約後に原告から一方的に本件管理規約の書面の写しを配布されただけであり、その内容について意見等をいう機会はなく、本件専用使用権設定契約を承諾した事実はない。
(二) 原告から駐車場を借り受けていない区分所有者は、本件建物の敷地の共有持分権をも買い受け、本件駐車場用地を使用する権利を得ていながら、自己が駐車場を必要とするときでも、空きがない限り使用権を取得する機会を与えられないという不利益を十分理解した上で、原告が右駐車場用地の専用使用権を取得し、さらに区分所有者に対して駐車場として賃貸することを承諾したものではない。
4 本件専用使用権設定契約が成立した事実があるとした場合、右契約は公序良俗に違反し、無効であるか。
(被告の主張)
本件建物分譲時のパンフレットの建築概要の共用部分設備欄には、「洗車水栓付専用駐車場一七台分」と記載されていること、賃貸借契約の存続期間は二〇年間を超えることができないのにかかわらず、専有部分を所有しない原告が本件駐車場用地を本件建物竣工後六〇年間という長期間、一平方メートル当たり六円という低額で一七台分の駐車場を専用使用できる合理的な理由はないこと等の事実に照らせば、右専用使用権設定契約は公序良俗に違反し、無効であるというべきである。
(原告の主張)
本件建物分譲時のパンフレットの建築概要の共用部分設備欄には、「洗車水栓付専用駐車場一七台分」と記載されていることは事実であるが、右記載は、区分所有者の使用できる洗車水栓付の専用駐車場が一七台分あることを示しているに過ぎず、現に右駐車場が共用部分であると誤解した区分所有者はいない。
被告は、本件駐車場用地の使用料が長期間著しく低額のままであると主張するが、原告は本件相殺処理に基づき、現実に専用使用料を支払ってこなかったことから、当初決められた金額が変更されることなく、そのままになっていたというに過ぎない。
結局、本件専用使用権設定契約が公序良俗に違反するということはない。
5 本件駐車場施設及び用地(以下「本件駐車場」という。)を原告から借り受けていた区分所有者が原告に対し、右駐車場の賃料として支払った合計二二六〇万一五〇〇円は不当利得であるか。
右区分所有者ではなく、管理組合である被告が右不当利得返還請求権を行使することは許されるか。
(被告の主張)
(一) 本件駐車場を原告から借り受けていた区分所有者は、原告に対し、次のとおり賃料を支払った。
(1) 昭和六三年二月まで 省略
(2) 昭和六三年三月から平成四年九月まで 月額一万五〇〇円
(3) 平成四年一〇月から平成九年一〇月まで 月額一万二五〇〇円
しかしながら、右区分所有者は、本件専用使用権設定契約が不成立あるいは無効であるにもかかわらず、右のとおり本件駐車場の賃料を支払ってきたのであるから、被告は少なくとも右期間中の賃料合計二二六〇万一五〇〇円を不当利得しているものである。
(二) 本件駐車場を使用している区分所有者が原告に支払った賃料の不当利得返還請求権は、本件建物の全区分所有者に合有的に帰属しているものというべきである。しかるに、被告の設立時に定められた管理規約には、「管理組合は、区分所有者にして且つ現に居住している者のうち駐車場の使用を希望する者には、駐車場賃貸契約を締結して使用させることができる。」(一四条の二第一項)、「前項により駐車場を使用している者は、……管理組合に対し駐車場賃料を支払わなくてはならない。」(同条第二項)との規定があるところ、右各規定は、被告が原告を相手方として、区分所有者において原告に対し支払済みの本件駐車場料金について不当利得返還請求訴訟を提起することができる権限を含んでいるというべきである。
仮にそうでないとしても、本件駐車場を使用している区分所有者は、被告に対し、原告に支払った本件駐車場料金について不当利得返還請求訴訟を提起、追行する権限を付与した。任意的訴訟担当を認める合理的な必要がある場合には、これを認めるのが相当であるというべきところ、被告に右訴訟提起及び追行権限を認めても、弁護士代理の原則や訴訟信託禁止の原則を潜脱するおそれはなく、これを認める合理的必要性があるというべきである。
(原告の主張)
(一) 本件駐車場施設は、原告が所有するものであり、共用部分ではないから、右施設の賃料を原告が受け取ることは不当利得にはならないというべきである。
(二) 本件駐車場料金を支払った区分所有者の原告に対する不当利得返還請求権は理論上可分債権であり、本件建物の全区分所有者に合有的に帰属するということは有り得ないというべきである。
また、本件駐車場の使用者は、絶えず変動していることからすれば、被告が任意的訴訟担当の権限を付与された旨の被告の主張も理由がない。
6 原告は、専用使用料の支払を怠った事実があるか。
本件専用使用権設定契約は、借地法の適用を受けるか。
(被告の主張)
(一) 本件管理規約によれば、原告は管理者に対し、本件駐車場用地の専用使用料として月額一九五五円の支払義務があるところ、原告は本件建物が竣工した昭和四三年五月一五日から平成九年七月三〇日まで右使用料を全く支払わなかった。
なお、右未払専用使用料の合計は六八万四二五〇円であり、遅延損害金の合計は四九万七八〇七円である。
そこで、被告は原告に対し、平成九年一〇月二三日本件専用使用権設定契約を解除する旨の意思表示をした。
仮に、右解除に当たって、なお催告が必要であるとしても、被告は原告に対し、平成九年一〇月二三日右未払専用使用料及び遅延損害金を五日以内に支払うこと、右期間内に支払がない場合には、本件専用使用権設定契約を解除する旨の意思表示をしたが、原告は被告に対し、右期間内に右未払専用使用料等を支払わなかった。
(二) 本件駐車場施設は、借地法上の建物とは認められない。そうすると、本件専用使用権設定契約には借地法の適用はないから、右契約期間は二〇年を超えることはない。したがって、本件建物が竣工した昭和四三年五月一五日から二〇年を経過した段階で、右契約は期間の定めのない賃貸借契約となった。
そこで、被告は原告に対し、平成九年一〇月二三日本件専用使用権設定契約を解約する旨の意思表示をした。
(原告の主張)
(一) 原告が平成八年一一月二七日まで専用使用料を支払ってこなかったのは事実であるが、それは本件相殺処理に基づくものである。したがって、原告には債務不履行の事実はない。
なお、原告と被告との間で、平成八年一一月二八日本件建物部分について本件賃貸借契約が締結された段階で、本件相殺処理は失効し、原告には現実に専用使用料を支払わなければならない義務が具体化した。
しかるに、被告は原告に対し、平成九年一〇月二三日原告主張に係る過大催告をした。
被告が右催告をした時点で、被告は本件建物部分の平成九年七月分以降の賃料合計四八万円の支払を怠っていたところ、原告が被告に対し支払うべき平成八年一一月分以降の専用使用料は合計二万三四六〇円に過ぎない。
そこで、原告は被告に対し、平成一〇年三月二日の本件口頭弁論期日において、右賃料債務と専用使用料債務とをその対当額で相殺する旨の意思表示をした。
なお、仮に本件建物部分が原告の専有部分ではないとしても、原告において専用使用料を支払ってこなかったのはやむを得ないところであって、不払につき背信性はないというべきである。
したがって、被告の本件専用使用権設定契約の解除の主張は理由がない。
(二) 本件駐車場施設は、隔壁(支柱)と天井を有する構造のものであり、借地法の適用を受ける建物であることは明らかである。仮にそうでないとしても、当初の賃貸借期間である二〇年間が満了した後は、黙示の合意によりさらに期間を二〇年間として契約が更新されたものとみるのが相当である。
(三) 仮に、原告が被告に対し、未払専用使用料について支払債務を負っているとしても、請求時の五年以前に支払期限の到来した部分については、時効により消滅した。
原告は、被告に対し、本訴において右時効を援用する。
7 本件駐車場施設は、原告の専有部分か。
(原告の主張)
本件駐車場施設は、原告の専有部分である。
(被告の主張)
本件建物分譲時のパンフレットの建築概要の共用部分設備欄には、「洗車水栓付専用駐車場一七台分」と記載されていることからすれば、本件駐車場施設は共用部分であるというべきである。
第三 争点に対する判断
(争点1について)
一 前記争いのない事実に、証拠(甲二、一〇、乙一の1ないし7、二、六、七の1ないし11、八の1・2、九、一〇の1ないし10、証人眞野豊彦、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 本件建物は、地上五階建て、延床面積4708.95平方メートル、戸数六八戸のマンションである。
本件建物は、庭園やプール等の設備が設けられたいわゆる高級マンションの部類に属するマンションであり、管理人が常駐していることをセールスポイントとして分譲された。
なお、本件建物に常住している区分所有者は四一戸であり、外の区分所有者はリゾートマンション等として使用している。
2 本件建物部分は、本件管理事務室と本件管理人室からなっている。
本件管理事務室は、一階ロビー及び玄関に面しており、大きなガラス窓とカウンターが設けられていて、本件建物に出入りする人との応対と監視ができるようになっている。また、右管理事務室には火災報知器やキーボックスが設けられており(本件建物の竣工当初は電話交換機も設置されていた。)、共用部分である分電盤室等に隣接していて、扉を通じて相互に出入りすることが可能な構造になっている。右管理事務室には、管理人が常駐するのであれば、必要不可欠な便所が設けられていない。右管理事務室から二〇数メートル先にプールの便所が設置されているが、夏場だけ使用されるものであり、本件建物の竣工当初は照明は無論、屋根すら設けられていなかった。
本件管理人室は、本件管理事務室に隣接しており、やはり一階ロビー及び玄関に接していて、床面積69.48平方メートル、和室二間、厨房、便所、浴室及び洗面所からなっている。本件建物の竣工当初は、右管理人室から直接外部に出入りする扉は設けられておらず、必ず本件管理事務室を通らなければ外部に出入りすることができない構造になっている。また、右管理人室の扉には、外の区分所有者の専有部分と異なり、鍵穴式の鍵は取り付けられておらず、代々の管理人等が個人で取り付けることができる簡易な鍵を設置していた。
本件建物部分の電気配線は、本件管理事務室及び本件管理人室を一つの安全器で一系統として配線されている。
3 本件管理事務室には、本件建物の竣工当初電話交換機が設けられていた。当時は、電話局の設備拡充が遅れており、区分所有者の各専有部分に電話線を引くことが困難であり、区分所有者は右管理事務室の電話交換機を経由しなければ、電話を使用することができなかった。右電話の使用については、使用時間の制限は約定されておらず、管理人は深夜であっても、電話交換業務に従事していた。
4 本件管理規約では、電話配線設備、同交換機、火災報知器及び同報知施設が共用施設として表示されている。また、パンフレットの配置図・平面図には、本件建物部分が空欄とされている上、分譲価格表には、管理事務室と管理人室が一体として「管理室」と表示されている。
二 右認定事実によれば、本件管理事務室は、その構造からして管理人が本件建物の管理業務を行うものであり、管理事務室以外の用途に使用されることは考え難いことから、共用部分であることは明らかである。
そこで、本件管理人室が専有部分か共用部分かにつき判断するに、右管理人室が構造上の独立性を有することは争いがない。
しかるに、前記認定事実によれば、本件建物は相当程度の規模を有するマンションである上、いわゆる高級マンションの部類に属し、原告は右建物に管理人が常駐することをアピールして右建物を分譲していたこと、右建物の区分所有者の中には、右建物の立地条件等からしてリゾートマンションとして使用する者も相当数いることなどからすれば、区分所有者の生活環境を維持保全し、円滑な生活を営むことができるようにするため、管理人を常駐させ、管理業務を遂行させる必要があるというべきであるが、本件管理事務室だけでは、管理人が常駐し、管理業務を適切かつ円滑に行うことは困難であるという外ないから、本件管理人室は右管理事務室と機能的に一体として利用することが予定されていたというべきである。そうすると、本件管理人室は、利用上の独立性を有しないものと認められる。
三 以上によれば、本件建物部分は原告の専有部分であると認めることはできないから、争点1についての原告の主張は理由がない。
(争点2について)
一 原告と被告が、平成八年一一月二八日本件建物部分等について本件賃貸借契約を締結したこと、被告が原告に対し、右契約に基づき、同日から平成九年六月三〇日まで賃料合計八五万円を支払ったことは前記認定のとおりである。
二 証拠(乙九、被告代表者本人)によれば、本件建物竣工後原告が本件建物の管理に当たっていたところ、被告の結成後、原告は被告に対し、平成八年一一月末日限りで本件建物についての管理委託契約を解消する旨通知したこと、原告は被告に対し、本件建物部分及び分電盤室等は原告の専有部分であるから、これを使用するならば賃貸借契約を締結するように要求したこと、被告の理事長である丁山一郎らは右建物部分等は原告の専有部分ではなく、共用部分ではないかという疑いを持っていたものの、これを断定するに足りるだけの法的知識もなく、本件建物の管理を優先させるため、本件賃貸借契約を締結したことが認められる。
右認定事実によれば、被告はその法的知識の不足から本件建物部分等の所有権の帰属について錯誤に陥っており、右建物部分等が原告の専有部分に属しないことを確知していたならば、本件賃貸借契約を締結することはなかったであろうし、かつ、一般取引の通念上もそうであるというべきである。
原告は、仮に被告に錯誤があるとしても、重大な過失があると主張するが、本件建物部分等の所有権の帰属は高度な法律判断事項であり、被告がその判断を誤ったとしても重大な過失があるとまでいえないことは明らかである。
三 以上によれば、被告は原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、支払済みの賃料合計八五万円及び本訴状(乙事件)送達の日の翌日である平成一〇年三月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利があるというべきである。
(争点3について)
一 証拠(甲二、三、証人眞野豊彦)によれば、本件管理規約上原告と全区分所有者との間で、本件駐車場用地について、使用目的を駐車場、使用期間を本件建物竣工後六〇年間、専用使用料を一平方メートル当たり六円とする専用使用権設定契約を締結することが明記されていること、右規約は区分所有建物の購入者にその写しが交付されていること、右区分所有建物の売買契約証書にも、購入者は右規約を承認し、これを遵守しなければならない旨記載されていることなどからすれば、原告と被告との間で右駐車場用地について本件専用使用権設定契約が締結された事実を認めることができる。
二 これに対し、被告は本件専用使用権設定契約は成立していないと主張するが、その論拠はいずれも独自の見解に基づくものであり、採用の限りではない。なるほど、本件専用使用権設定契約は、好ましい契約形態であるとはいい難いものの、そのことのゆえに契約の不成立を来すものとまでいえないことは明らかである。
三 以上によれば、争点3についての原告の主張は理由がある。
(争点4について)
一 被告は、本件建物分譲時のパンフレットの建築概要の共用部分設備欄には、「洗車水栓付専用駐車場一七台分」と記載されていること、賃貸借契約の存続期間は二〇年間を超えることができないのにかかわらず、専有部分を所有しない原告が本件駐車場用地を本件建物竣工後六〇年間という長期間、一平方メートル当たり六円という低額で一七台分の駐車場を専用使用できる合理的な理由はないことなどの事実に照らせば、右専用使用権設定契約は公序良俗に違反し、無効であるというべきであると主張する。
しかしながら、証拠(甲二、三、乙二)によれば、なるほど右パンフレットには、本件駐車場が共用部分設備として記載されているが、本件管理規約や区分所有建物の売買契約証書には右駐車場が共用部分ないし共用施設である旨明記されていないこと、右規約上原告が本件駐車場用地について専用使用権を有することが明記されていること、本件建物の区分所有者は、本件建物が竣工して以後、特段異議を述べることなく、原告から本件駐車場を借り受け、賃料を支払ってきたことからすれば、本件駐車場施設は原告の専有部分であると認められる。
加えて、本件専用使用権の期間が不当に長期であるとはいえないし、かつ、専用使用料も不当に低額であると認めるに足りる証拠はない(専用使用料は、本来増額を請求することが許されない性質のものではない。)。
二 以上によれば、本件専用使用権設定契約が公序良俗に違反するとまでいえないことは明らかであり、被告の主張は理由がない。
(争点5について)
一 前記説示のとおり本件専用使用権設定契約は、不成立あるいは無効であると認めることはできないから、本件駐車場について、被告は原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、賃借人である区分所有者が原告に支払った昭和六三年三月から平成九年一〇月までの賃料の返還を求めることはできないというべきである。
二 のみならず、仮に本件専用使用権設定契約が不成立あるいは無効であるとしても、右賃料の不当利得返還請求権は、本件駐車場の賃借人である区分所有者各自に帰属する分割債権であり、本件建物の全区分所有者に合有的に帰属しているものとはいえないことは明らかであるし、右不当利得返還請求権は右個々の区分所有者が行使すれば足りるのであるから、これらの請求に係る訴えについて管理組合である被告に任意的訴訟担当を許容する合理的必要があるとも認め難い。
三 以上によれば、争点5についての被告の主張は理由がない。
(争点6について)
一 原告が管理者に対し、本件駐車場用地の専用使用料を少なくとも本件建物が竣工した昭和四三年五月一五日から平成八年一一月二七日まで支払わなかったことについては当事者間に争いがない。
二 原告は、右のように専用使用料を支払わなかったのは、本件相殺処理をしたためであると主張する。
しかしながら、前記説示のとおり本件建物部分は原告の専有部分であると認めることはできないから、原告の右主張はその前提において認めることができない。
また、原告は、仮に本件建物部分が原告の専有部分ではないとしても、原告においてそのように信じることはやむを得ないことであり、専用使用料の不払いについて背信行為であると認めるに足りない特段の事情があると主張する。
しかしながら、原告において本件建物部分が原告の専有部分であると信じていたとしても、原告と本件建物の区分所有者との間で右建物部分につき賃貸借契約が締結されたと認めるに足りる証拠はなく、そもそも原告のいう本件相殺処理の前提となる原告の自働債権の存在を認めることができないというべきである。かえって、原告は、昭和五五年ころから平成三年一〇月ころまでの間は、本件管理人室を第三者に賃貸していたとさえ主張しているのである。本件建物部分が原告の専有部分であることを前提として、原告が支払うべき本件駐車場用地の専用使用料、本件建物部分等の庭の専用使用料等と本件建物部分の賃料を相殺処理するというのであれば、まず右建物部分について区分所有者との間で賃貸借契約を結ぶ必要があるのにかかわらず、これをせず、管理者としての会計処理を明確にしないまま、本件駐車場用地の専用使用料を支払わなかったことからすれば、右専用使用料の不払いについては、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとは認め難いという外ない。
三 被告は、原告に対し、平成九年一〇月二三日ころ本件専用使用権設定契約を解除する旨の意思表示をした(乙五)。
四 以上によれば、争点6についての被告の主張は理由がある。
(争点7について)
前記において説示したところによれば、本件駐車場施設は原告の専有部分であると認められる。
したがって、争点7についての原告の主張は理由がある。
(まとめ)
以上によれば、原告の甲事件における請求及び被告の乙事件における請求はいずれも主文掲記の限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官・志田原信三)
別紙物件目録<省略>